古代ギリシャからシチリアに入ってきた食文化を、前回の「 イタリア食の歴史 古代 1 (古代ギリシャからシチリアへ) 」でスタートさせて頂きました。
ちょっと「シチリア島」に特化したまま時代が進むので表題を変えて行こうと思います。
今日もお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
古代ギリシャ人達がシチリア島の東部から影響を及ぼした後、次の時代ではアラブ人達が西部から影響を。
マルサーラ
827年アフリカのムスリン(サラセン族)達がシチリア島西部マルサーラに入り、サトウキビ・米・ジャスミン・綿・アニス・ゴマ・シナモン・サフランや豊富な菓子作りをもたらした。
リゾットを代表するミラノ風リゾットに入るサフランは、アラブからサフランと米が持ち込まれ無ければ。。。 そしてもうこの時代に作られていた可能性も。。。
いつものですが。。。
ミラノ風リゾットは、1574年ミラノ大聖堂(ドオーモ)のステンドガラス職人Valerio da Profondavalleの弟子たちが、師匠の娘の結婚式に作った説。。。
中部イタリアFerrara(フェラーラ)のエステ家の料理長Cristoforo di Messisburgoは1543年1月16日の豪華な晩餐会に6種類(も?!)のシチリア風リゾットを準備、その中に卵黄・粉チーズ・胡椒・サフラン入りリゾットの記載が。
話を戻して、
Cubbaita Nucatuli
他にはCubbaita (Qubbayt = アーモンドやゴマを蜂蜜で固めた甘くて硬いトローネ)やNucatuli (Nagal=ドライフルーツ・アーモンド・ジャム・蜂蜜の入ったS字形のビスケット)
Copata
やCopata (Cupata=ヘーゼルナッツ・卵白・蜂蜜・でんぷんで作った硬いトローネ)。
カッサータ カンノーリ
カッサータやカンノーリやグラニータ(シャーベット)も彼らが持ち込んだ。
←Qal’at an-nisa
当時はハーレムが盛んな時代で一説によるとQal’at an-nisa(=女の館:現在のカルタニゼッタ(シチリア島中心部の街)の語源)の女性達によってカンノーリが作られたとの説もある。
柑橘系エッセンスやシナモンやフラワーエッセンスを用いて、当時では考えられない美味しいドルチェで魅了。(現代でも物凄〜〜く甘いものです。)
トラーパニ
マルサーラの北約30kmに位置するトラーパニの伝統デザートとして残っているグラニータ、当時の呼び名でNiveo gelato(=Scursunera)を作る機械も作り、シロップにレモン・メロン・モスト(濃縮ぶどう)・シナモン・ジャスミンのグラニータを楽しませた。
グラニータ
アランビック蒸留機
またグラッパなど香りの良い蒸留酒(アックアヴィーテ)を製造する蒸留器アランビックも彼らがもたらしたもの。当時は医療用のアルコールとして製造。
他にも揚げパン・乾燥ひよこ豆や塩漬けや乾燥したかぼちゃの花。
一昔前まではストリートフードとしてもあったパレルモ伝統料理のPane con la milza(脾臓煮込みのサンドイッチ)も彼らが持ち込んだ。
・・・あたかも イタリア料理と称し。。。
いつの時代も目新しいものは流行りやすいですね。
定着し1000年経つと誰も覚えてなく。。。自国産と称する。。。
今に始まったことではない。。。
今日も最後までお付き合いありがとうございます。
− 続く〜 —